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ジャン=リュック・ゴダール監督が幇助により安楽死、スイスの自宅で

ジャン=リュック・ゴダール監督が幇助により安楽死、スイスの自宅で
Twitter/La Cinémathèque

フランスを拠点に活動していた有名な映画監督、ジャン=リュック・ゴダール氏が先日、亡くなった。91歳だった。

 

自ら望んだ幇助による死

 

フランス系スイス人のゴダール監督は9月13日、スイスの自宅で、妻のアンヌ=マリー・ミエヴィルさんのそばで、安らかに息を引き取ったという。

 

フランス・メディアの「リベラシオン」は、ゴダール氏の死はスイスで合法とされる幇助(アシスト)による安楽死だとし、次のような家族の言葉を伝えている。

 

「彼は病気ではなく、単に疲れていたのです。だから、彼はそれ(人生)を終わらせる決断をしたのです。それは彼の決断であり、そのことを(皆に)知られることが、彼にとって重要だったのです」

 

一方、ゴダール氏の弁護士パトリック・ジャンヌレは、彼の死が「複数の障害を伴う病理」によるものだと述べている。

 

ヌーベルバーグの中心人物

 

1930年にパリで生まれたゴダール氏は、スイスのレマン湖畔にあるニヨンで育ち、学校で学んだという。

 

1949年に学校を卒業してパリに向かったゴダール氏は、戦後パリで繁栄した知的な「シネクラブ」に居場所を見つけ、さまざまな映画人と交流。その後、「カイエ・デュ・シネマ」など、新しい映画雑誌に執筆するようになったそうだ。

 

1960年には、初の長編映画『息もできない(À bout de souffle、邦題:勝手にしやがれ)』を発表。この映画は1959年にパリの街角で撮影され、人工照明をほとんど使わず、脚本は毎日書き加えられていったという。

 

『息もできない』は公開と同時に社会現象となり、主役のジャン=ポール・ベルモンドをスターに押し上げ、ゴダール氏自身もベルリン映画祭で監督賞を受賞することになった。

 

その後、ゴダール監督は、映画に革命をもたらした映画製作運動「ヌーベルバーグ」の中心人物となり、精力的に次々と作品を発表していった。

 

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、ゴダール氏の死を受けて、「我々は国宝、天才の眼を失った。ゴダールは映画の巨匠であり、ヌーベルバーグの中で最も象徴的な存在だった」と語っている。(了)

 

出典元:The Guardian:Jean-Luc Godard, giant of the French New Wave, dies at 91(9/13)

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